「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査に関する指針(案)」に対する DPI女性障害者ネットワークの意見 2013年1月21日 団体名:DPI女性障害者ネットワーク 代表 南雲君江  所在地:千代田区神田錦町3−11−8 5F DPI日本会議気付        電話03-5282-3730 FAX03-5282-0017 dpiwomen@gmail.com 私たちは、2012年9月24日に「出生前診断に対する DPI女性障害者ネットワークの意見」を、貴学会にお送りしました。これを「母体血を用いた出生前遺伝学的検査に関する検討委員会」で、資料として読んで頂くことができたのは幸いです。 貴学会は「指針(案)」で、「出生前診断を行うことにより、障害が予測される胎児の出生を排除し、ついには障害を有する者の生きる権利と命の尊重を否定することにつながるとの懸念がある。」、「染色体数的異常胎児の出生の排除、さらには染色体数的異常を有する者の生命の否定へとつながりかねない危うさを秘めている。」と書かれています。また、「客観的な理由を有する妊婦に限るべきである」、「限られた施設において、限定的に行われるにとどめるべきである」として、検査を受ける人、実施する施設を限定し、不特定多数の妊婦を対象としたマススクリーニングとならないよう、考えておられることも分かりました。 しかしどんなに限定的であっても、検査の存在は、またその実施は社会に変化をもたらします。私たちも貴学会と同様、障害をもつ人の生きる権利と命の尊重の否定につながることを危惧します。 また、出産を希望する女性に対して障害児の出生を断念させる圧力となり、性と生殖の健康/権利を侵害することも危惧しています。 障害をもつ人、子どもをもとうとする人どちらにとっても必要なのは、生まれる子の障害の有無が問われないこと、障害をもつ子の出産・育児に、そうでない場合と同様の祝福と社会的支援があることです。それが不十分な中での出生前検査は、妊婦に障害をもつことの不利を突きつけながら、妊娠を継続するか中断するかの判断を求めます。妊娠・出産を望んでいた妊婦にとって、これはたいへん理不尽なことです。出生前検査を受けて障害が確認された多くの場合に、妊娠は中断されていると聞きますが、新型の検査でもこれは予見されます。対象となる遺伝子異常をもつ人だけでなく、障害に対する否定的なメッセージとなって、障害者に対応する社会の制度、医療、認識をさらに後退させ、障害をもつ人と子どもをもとうとする人の人権を後退させるでしょう。私たちはこの検査の実施に賛成できません。  以上をお伝えした上で、決して望むことではありませんが、それでもこの検査が実施される場合に「指針」がどうあるべきか、私たちの考えを書きます。 ■「T はじめに」について 「T はじめに」の後ろから2つめの段落に「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査が日本国内でも行われうる状況となっている現在、」とあります。検査は自然災害のように降って湧いたのではありません。対象となる疾患をもつ人の治療にではなく、排除につながることは予想したうえで、開発され導入されました。誰がこの技術を日本にもたらしたのか、またその経緯を書いていただきたいと思います。将来この検査の社会的影響を評価するとき、これは大切なことでしょう。     ■「V 母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査の問題点」について 「V 母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査の問題点」の(1)で「妊婦が動揺・混乱のうちに誤った判断をする可能性」、(2)で「妊婦が得られた結果を確定的なものと誤解し、その誤解に基づいた判断を下す可能性」の言葉は、その問題が女性の側にあるように読めます。しかし、妊婦が動揺し誤解するとしたら、問題は情報提供のあり方の側にあります。以下(下線部)のように書き換えることを提案します。 (1) 妊婦が十分な情報を得られずに検査が行われる可能性があること。 母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査は、妊婦からの採血により行われるものである。きわめて簡便に実施可能であることから、妊婦がその検査の意義、検査結果の解釈について十分な情報を得られずに検査が行われる可能性のある点が問題である。そのため、検査結果が出た後で、妊婦を動揺・混乱させる可能性がある。 (2)検査結果に対し妊婦に誤解を与える可能性のあること。 母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査は、母体血中のDNA 断片の量の比から、胎児が13 番、18 番、21 番染色体の数的異常をもつ可能性の高いことを示す非確定的検査である。診断を確定させるためには、さらに羊水検査等による染色体分析を行うことが必要となる。この点は、従来の母体血清マーカー検査と本質的に変わるところはない。母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査においては、その感度が母体血清マーカー検査と比較して高いために、被検者である妊婦に、得られた結果が確定的なものと誤解を与え判断を誤らせる可能性がある。 ■「X 母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査を行う場合に求められる要件。」について *「X−1 施設が備えるべき要件」とくに5,6について ・5.は、「妊婦が侵襲的胎児染色体検査を受けた後も、妊婦のその後の判断に対して支援し、適切なカウンセリングを継続できること。」とあります。侵襲的胎児染色体検査で染色体の数的異常が確定した後に、妊娠を継続する場合、妊娠を中断する場合、いずれにも支援が必要であることを確認してください。 ・「6. 出生後の医療やケアを実施できる、またはそのような施設と密に連携する体制を有すること。」もたいへん重要です。障害をもつ子どもの医療とケアはもちろんのこと、育てる親たちのケアもここに含めてください。また、染色体の数的異常がないことが分かって出産に至る人の中にも、検査を受けたことを悩み、カウンセリングを必要とする人がいることにも留意してください。 *「X−2 対象となる妊婦。」について ・対象となる妊婦を限定する理由を、十分に説明してください。1.〜5.に書かれた条件に当てはまらない妊婦が検査を受けた場合、検査結果の精度が低いことが理由の一つと考えられます。しかしこれまでの報道では、そのことは十分に伝わっていません。また、専門家でない人にとって理解の難しい、しかし知っておくべきことです。 ・対象となる妊婦を限定することで、貴学会は、この検査が不特定多数の妊婦を対象としたマススクリーニングではないことを伝えようとしておられるのかも知れません。それは重要なことですが、一方で、妊婦を選別しレッテルを貼るおそれがあります。「条件に当てはまる人は検査受けた方がいい」というメッセージにもなりえるのです。 6.として、1.〜5.は、当てはまる妊婦が検査を受けるべきことを意味するものではないことを、説明に入れるよう書いてください。 *「X−3 検査を行う前に説明し、理解を得るべきこと」について ・「X−3母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査を行う前に医師が妊婦およびその配偶者(事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む)、および場合によっては他の家族に説明し、理解を得るべきこと」に加筆を提案します。 (6)として、「妊婦およびその配偶者は(1)から(5)までの説明を受けた後に、検査を受けない選択をして差し支えないこと。検査を受けると決めた場合も、検査の直前まで撤回できること。」を加筆してください。医師からこれだけの説明をしてもらって、検査を受けないとは言いにくいと感じる患者は、とても多いものです。 *「X−3 検査を行う前に説明し、理解を得るべきこと」と「X−4 検査を行った後に説明し、理解を得るべきこと」について 検査を行う前、行った後いずれの説明にも、「検査の対象となる染色体異常をもつ人の当事者団体を紹介できること」を加えてください。当事者団体との連携を検討してください。 *「Y 母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査に対する医師、検査会社の基本的姿勢」について Yの1.2.は、この検査を不特定多数の妊婦を対象としたマススクリーニングにしないために大切です。その一方で、妊婦が情報を求める場合は、正確で十分な情報が提供されることは必要です。先にも書きましたが、今の社会が障害に対して否定的であり、障害をもって生きることを困難にしている中で、妊婦は、検査を受けるかどうかの判断を求められます。それ自体が理不尽なことですが、理不尽と困難の中にあっても判断をするために、可能な限りの情報の提供と支援があるべきです。 ■「指針(案)」全体に対して *認定遺伝カウンセラー、遺伝看護専門職の障害への理解について 「指針(案)」に繰り返し書かれているように、妊婦が納得のできる判断をするために、遺伝カウンセラーの役割は重要です。検査対象となる障害はもちろん、それ以外の障害をもつ人やその家族の生活について、知識と経験と理解をもっていることが求められます。認定遺伝カウンセラー、遺伝看護専門職となる人を養成する課程に、障害をもつ人と直に接する機会を必須としてほしいと思います。すでに認定遺伝カウンセラー、遺伝看護専門職となっている人にも、研修としてその機会を設けてください。そのために、障害をもつ人の当事者団体との連携を検討してください。 私たちは2012年9月24日付けの出生前診断に対する意見書で、障害をもつ私たちが、もたない人から思われているよりもずっと充実した人生を生き、社会をよくしていく力があることを書きました。「指針(案)」X−3の(1)、とくに4.にあるとおり、障害の有無やその程度は、本人と家族が幸か不幸かに関連がないのです。遺伝カウンセリングに携わる方には、ぜひそのことを体験していただきたいと思います。養成、研修では、障害をもつ人と長く深く接する時間をもってください。 *「指針」は、一般の婦人科医師に対しても、とるべき対応を示すことが必要ではないか ・昨年秋以降の報道で、多くの人が新型検査の存在を知るようになりました。しかし中には不正確な報道もあり、また、十分な情報が行き渡っていません。対象となる人と実施する医療機関が限られること、その理由について知らない人が多いでしょう。一般の産婦人科病院でこの検査について質問する妊婦もいることと思います。また、不妊治療の場でも、説明が求められる可能性があります。多くの妊婦、あるいはこれから妊婦になろうとする女性にとって、そこに居る医師が、この検査について最初に尋ねる相手となります。 新型検査を実施する施設以外の、一般の産婦人科医師や不妊治療を行う医師も、この「指針」をよく知る必要があり、「指針」はその医師たちがどう対応すればいいのかを示すことが必要です。 ・99年に厚生労働省の専門委員会が「母体血清マーカー検査に関する見解」を出しました。この「見解」にも、「医師が妊婦に対して、本検査の情報を積極的に知らせる必要はない。また、医師は本検査を勧めるべきではなく、」と書かれていました。  しかしその「見解」が出た後に、障害をもつ妊婦が自分からは求めていなかったのに、通院していた産婦人科医院で医師から出生前検査について伝えられたという例がありました。その医師の意図が、検査の勧めであったのかどうかは不明です。しかし妊婦にとって医師の言葉はとても重いものです。その妊婦には、大きな衝撃となりました。新型検査の実施にともなって、こうしたことが起きてはなりません。妊婦に接するすべての医師が「指針」を理解する必要があります。そして、遺伝カウンセリングに携わる人と同様に、障害と障害をもつ人について理解する養成課程、研修が求められます。 *「指針」は現場で遵守されるか 「指針」が意を尽くしたとしても、医療の現場でそのとおりに行われるかどうかが問題です。貴学会は「指針」を設ける以上、それが守られるよう徹底してください。 *最後に この意見は、貴学会の「指針(案)」に向けたものではありますが、「指針」だけでは十分ではないということも、付け加えます。 新型に限らず、出生前検査を受けるかどうか、妊娠を継続するかどうかについて、妊婦の判断が尊重されることは当然です。しかし、その判断が何の圧力もなく自由になされるのではないこと、障害に否定的な社会背景、家族をふくめた周囲との関係の中でなされることが理解されるべきです。従って、妊婦個人のみに責任を負わせてすませることはできません。 障害をもつ人の生きる権利と命の尊重の否定、出産を希望する女性の生殖の健康/権利侵害を防ぐには、国、そして社会を構成する市民が、障害の有る無しで格差が生じない社会の構築に取り組むことが必要です。 「母体保護法」に胎児の障害を中絶の要件とする「胎児条項」を設けることは、強く反対します。 人は、偶然にさまざまな特性をもって生まれます。心身の機能が他の人と違うこともそのひとつですが、それが幸、不幸と無関係であることは何度も書きました。私たちは、障害とともに生きる意味を感じ、存分に生きています。他の人との違いが“障害”になるかどうかは、社会の側の問題でもあります。それが、2006年国連総会で「障害者権利条約」が採択されて以降定着しつつある「社会モデル」という認識で、今は、社会の側が変わろうとする途上にあります。新型検査の実施が、これを後退させてはいけません。この懸念が現実とならないようにするのが、「指針」の目的と理解します。その目的が達せられるよう、貴学会は全力を尽くしてください。